“脱原発”と再生可能エネルギー 福島の今

2016/11/22

再生可能エネルギー

1960年代~1970年代、福島県で小中学校の義務教育を終えた人達にとって教科書に登場する只見川の巨大ダムと、採炭地として紹介される常磐炭鉱の記述は、誇らしかった。さらに田中角栄首相が誕生した1972年、「日本列島改造論」に示された福島県は「首都圏へのエネルギー供給基地」と位置付けられており、子ども心にも感心したことを覚えている。

 2011年3月の東日本大震災を契機に古里・福島を考えると、福島県ほど国のエネルギー政策に翻弄され続けた自治体は少ないのではないか。

 常磐炭田は福島県富岡町~茨城県日立市の太平洋岸に広がる。1930年代後半~第二次世界大戦にかけ、石炭は量産体制にはいり、常磐炭鉱が発展を遂げる。

 1950年代に入って大規模油田が中東で発見される。それによって安価な石油が世界中で流通し、日本の石炭産業に影響を及ぼし始めた。日本の電力は1955年ころ、水力発電を主力にしていた。ところが安価な重油の流入によって火力発電の需要が高まり、電力業界にもエネルギー革命が進む。

 各分野でエネルギー革命が進行する中で、常磐炭鉱は1976年に閉山に追い込まれた。その一方で東京電力福島第一原子力発電所が1971年3月に「安全な電力」として運転を開始する。

 2006年に封切られた映画「フラガール」は、閉山に追い込まれた常磐炭鉱の炭鉱夫一家の娘たちがフラダンスショーの踊り子として家族の生活再建に取り組む物語だ。福島県の多くの人は今、自力再建を成し遂げたフラガールの生き方に希望を託し、復興に立ち向かっている。
 エネルギー政策に翻弄された歴史を教訓とする県民の間には今、自前のエネルギーを取り戻そうと再生可能エネルギーの建設に取り組む動きが広がっている。

 再生可能エネルギーで福島を再建する(福島県施策)―。水力―火力―原発―再生可能エネルギーへの道程は、時にバカにされ、時に嫌われ、そして最後に炭鉱の街を救ったフラガールと同様に自力再建への挑戦なのだろう。

 本動画サイト「きぼうチャンネル」では福島県内各地の再生可能エネルギーの様子をレポートします。